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最高裁判所第二小法廷 昭和61年(行ツ)104号 判決 1988年7月15日

前橋市朝倉町一丁目五番三号

上告人

布施愛夫

同朝倉町一丁目七番地の一

上告人

有限会社中央タクシー

右代表者代表取締役

布施愛夫

同朝倉町一丁目八番地の六

上告人

有限会社中央交易

右代表者代表取締役

布施愛夫

右三名訴訟代理人弁護士

戸所仁治

東京都千代田区大手町一丁目三番二号

被上告人

関東信越国税局長

河原康之

右指定代理人

中本尚

右当事者間の東京高等裁判所昭和五九年(行コ)第四九号、第六五号納税告知処分取消請求控訴、同附帯控訴事件について、同裁判所が昭和六一年三月二七日言い渡した判決に対し、上告人らから一部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人戸所仁治の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右違法があることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、ひつきよう、独自の見解に基づき原判決を論難するか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものであつて、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一 裁判官 奥野久之)

(昭和六一年(行ツ)第一〇四号 上告人 布施愛夫 外二名)

上告代理人戸所仁治の上告理由

第一 憲法二九条、三一条違反

一 原判決は、「主たる課税処分等が不存在又は無効でないかぎり、第二次納税義務者は、右納付告知の取消訴訟において、確定した主たる納税義務の存否又は数額を争うことはできないと解するのが相当である。」と判示しているが、この点は国民の財産権を保障した憲法二九条、並びに適正手続を保障した憲法三一条に違反するというべきである。

二 原判決が、右のように解した理由は、第二次納税義務の納付告知は、申告又は決定若しくは更正等により確定した主たる納税義務の徴収手続上の一処分としての性格を有し、右納付告知を受けた第二次納税義務者はあたかも主たる納税義務者について徴収処分を受けた本来の納税義務者と同様の立場に立つということであるが、そのような形式的な理由のみで、第二次納税義務者の主たる納税義務の存否又は数額を争う機会を奪うことはできない。

三 第三者の所有物の没収、追徴に関する判例ではあるが、その第三者に告知・弁解・防禦の機会を与えることなく、没収または没収に代わる追徴をすることが憲法三一条および二九条に違反するとする判決が、数多く言渡されている(最高昭和三七年一一月二八日大法廷判決、同三八年六月一九日大法廷判決、同三八年一二月四日大法廷判決、同四〇年四月二八日大法廷判決、同四一年五月一八日大法廷判決)。

右の各判例は、いずれも刑事手続における没収、または追徴に関するものではあるが、国民の財産権を奪う処分という点では、課税処分も没収や追徴と同様であるし、金額如何によつては、課税処分は極めて重い処分となるのであるから、課税処分についても、処分を受ける者に告知・弁解・防禦の機会が与えられなければならない。

四 原判決が指摘する前記理由は、次のとおり全く合理性を欠く理由である。

1 主たる納税義務者に対する課税処分と第二次納税義務者に対する納付処分とは、当事者を異にする別個独立の行政処分であり、納付告知は、それによつて第二次納税義務者に直接の納税義務を課する処分である。

そして、主たる納税義務の存在は、第二次納税義務の当然の前提であり、主たる納税義務の存在を第二次納税義務の納付告知処分の要件と解し、第二次納税義務者にその要件の存否についての弁解・防禦の機会を与えても徴収行政に何ら支障はない筈である。

従つて、第二次納税義務の納付告知は確定した主たる納税義務の徴収手続上の一処分としての性格を有する等という単なる解釈上の問題で、第二次納税義務者から弁解・防禦の機会を奪うことはできないというべきである。

2 主たる納税義務者と第二次納税義務者との特別な関係は当該事業年度においては存在していても、納付告知処分時には消滅していることもある。

本件において、上告人布施愛夫は、昭和四六年二月九日に株式会社前橋中央自動車教習所(以下前中という)の全株式を株式会社東群馬(以下東群馬という)に引渡し、以後株主となつた東群馬により、前中の役員が選出され、布施愛夫と前中とは全く関係のない状態となつている。

従つて、上告人らと前中との関係は、原判決にいうような本来の納税義務者と同様の立場ではなく、寧ろ、利害の対立する関係である。

しかも前中は、昭和四六年七月時点で解散し、その資産は全部東群馬に移転してしまい、無資産となつているのであり、東群馬にとつては主たる納税義務を争う利益がないのであるから、積極的に争う筈もなく、上告人らに、納付告知処分の瑕疵を主張する機会がないとすれば、極めて不合理といわざるを得ない。

五 第二次納税義務者に救済の途を認める場合、主たる納税義務者に対する課税処分の抗告訴訟の原告適格を認める方法と第二次納税義務の納付告知処分の抗告訴訟において主たる納税義務者に対する課税処分の瑕疵を主張し得るとする方法と二通り考えられるが、原告適格を認める方法は第二次納税義務者の救済としても不十分であり、理論上の矛盾も生ずることになる。

第二次納税義務者に主たる納税義務者に対する課税処分の抗告訴訟の原告適格を認めたとしても、主たる納税義務が処分ではなく申告によつて確定した場合には、何らの救済にならず、また第二次納税義務者によつては必ずしも常に主たる納税義務者に対する処分を知り得ず、これを知つても自己が第二次納税義務の告知を受けるべき立場にあることを知り得ないで出訴期間を経過してしまう(第二次納税義務の納付告知がなされる時には出訴期間を経過していることが殆んどである)ことが考えられるので出訴期間に特別でも認めない限り、十分な救済は期し難い。

ところが、右出訴期間の特例を認めるべき、法的根拠は全く存在しない。

また、第二次納税義務者に独立し原告適格を認めた場合、主たる納税義務者に対する処分若しくは判決と相反する判決が確定した場合、どのように取り扱うことになるのか疑問である。

六 結局、第二次納税義務者を救済するには第二次納税義務者が納付告知処分の取消訴訟の中で主たる納税義務者に対する課税処分の違法を主張し得ると解する以外なく、それ以上に課税処分の抗告訴訟の原告適格を認める必要はないのである。

右のように解することに対し、先行する課税処分の公定力に触れるのではないかという反論が存在するが、課税処分は課税庁と被課税者との間のみに存する問題で一般の行政行為のように、第三者の信頼を保護する必要がなく、公定力を認める必要のない処分であり、また第二次納税義務者にまで公定力が及ぶとすれば、制度上適時に不服を主張し得る機会が設定されていなければならない筈であり、そのような制度がない以上公定力は及ばないと考えなければならない。

(以上の点について三好達・会社と訴訟下八六六頁、ジュリスト五八三号一五九頁参照)

七 よつて、原判決の「確定した主たる納税義務の存否又は数額を争うことはできない」との判断は、憲法二九条・三一条に違反するものというべきである。

第二 法令違反

一 原判決の事実認定には、採証法則の適用を誤つた違法並びに理由不備の違法があり、やはり破棄を免れないというべきである。

二 原判決は、「本件売買の目的は、公認教習所としての前中の教習所(以下本件教習所という)の営業主体を東群馬に移転することであり、本件売買は、前中の資産のうち本件教習所に関する動産、不動産その他一切の権利を含む営業(営業権等)を前中から東群馬に売渡す契約であり、上告人布施愛夫からの前中の株式の譲渡は、本件教習所の営業主体の東群馬への移転を確実にし、公認教習所としての公認継続を円滑ならしめるとともに、労働組合との紛争を回避すべく、その便法として、形式的付随的になされたものである」旨認定しているが、いずれも採証法則の適用を誤り、事実を誤認したものというべきである。

三 原判決が、右のように認定した理由は、上告人布施と東群馬との間で作成された契約書に株式譲渡と相容れない記載があること、東群馬が買受けを希望したのは、教習所の営業権であり、それ以外の積極、消極資産が前中から切り離されて上告人布施に帰属することが予定されていること、契約後前中の敷地所有権を含むその他営業全般が東群馬の支配下に移転され、前中が無資産で解散していること、本件売買契約における売買代金は、専ら本件教習所の資産譲渡の対価として定められていること等である。

四 然しながら、右の点は次のとおり、いずれもその根拠とはならないものである。

1 原判決が指摘するように、甲第一乃至四号証には、不動産等物件の表示がしてあり、株式売買であることとは矛盾するが、右各契約書はいずれも法律的には無知な東群馬の一職員にすぎない金子操によつて作成されたものである。

金子操は、東群馬が取得を希望していたのは教習所部門であつたことから、教習所部門以外の資産を株式譲渡前に整理し、教習所部門のみとなつた前中の株式を買受ける、従つて、教習所部門以外は含まれないという意味を売買契約書に表現するために、特定の不動産等を表示したものと理解できる。

そのように理解すれば、株式譲渡であることと矛盾しないし、何よりも上告人布施と東群馬双方の意思は、甲第五、六号証により整理され、売買契約の目的物が株式であることが明確となつており、逆に、原判決のように認定した場合、甲第五、六号証の記載は、完全に矛盾し、説明がつかないことになる。

2 また、確かに、東群馬代表取締役佐々木義治が企画したのは、県都前橋における教習所経営であるが、東群馬と上告人布施愛夫とは交渉の結果、右目的を実現するため資産の譲渡や、営業譲渡ではなく、株式譲渡という方法を選択したのである。

既に主張のとおり、株式譲渡の方法によることで、東群馬は前中の全株式を取得し、前中の公認自動車教習所としての経営権を引き継ぐことができ、且つ、不動産取得税も課せられないという利益があり、売主である上告人布施にも譲渡所得の点で利点があつたのである。

そして、株式譲渡に際し、譲渡契約履行前に譲受人が必要としない会社資産を処分し、会社の債務整理を行つて、会社の純資産額を明確にしたうえで、株式の譲渡を履行すること、及び右処分や債務整理を予定して、株式の売買代金を決定することは何ら株式譲渡と矛盾するものではない。

上告人布施と東群馬との契約は、前中の資産を教習所部門のみの資産とし、教習生からの前受金を除き、債務整理をしたうえで、株式を譲渡するという内容を有するものと解すべきものであるから、東群馬が希望したのは、教習所部門の営業のみであることや、積極、消極資産の一部が会社から切り離されていたことは、何ら株式譲渡であることと矛盾しない。

また、株式の金額は、会社の純資産額であるから、本件契約の売買代金が、前中の資産に基づいて、算定されるのは当然のことであり、その点も株式譲渡であることと矛盾しない。

3 本件売買契約履行後、教習所の敷地その他経営一切が、東群馬の支配下におかれたのではなく、本件売買契約履行後、新株主である東群馬により、佐々木志か外二名の取締役が選任され、その役員が前中の経営者となつたのである。

そして、昭和四六年六月以降、前中と東群馬との間の契約(登記簿上は代物弁済予約並びに代物弁済)により、本件教習所敷地が東群馬の所有となり、前中が解散したのである。

右の時期に前中が解散された理由は、前中の新役員と労働組合との間の紛争が激化し、就業拒否や、労働組合から地方労働委員会に対する斡旋申請がなされる等の事態に至り、組合幹部を排除し、紛争を収拾するため、前中の従業員全員を一旦解雇し、組合幹部以外のものを東群馬で再雇傭するためである。

仮に、右紛争激化がなければ、新役員による前中の経営は、昭和四六年七月以降も継続していた筈である。

東群馬の代表取締役である証人佐々木義治は、前中と労働組合の紛争があつたからこそ、土地を東群馬名義にしなかつたという趣旨の供述をしているが、甲第一号証には、上告人布施は、株式引渡後、前中の役員改選登記をするとか、前中の会長として云々という記載がなされており、本件契約後も、前中は東群馬により選任された役員によつて、前中として経営されていくことが予定されているし、労働組合との紛争解決のためには、当初から前中の教習所敷地や施設を東群馬が買受けたうえ、東群馬が前中の従業員の中から再雇傭するという方法をとることが最も容易であつた筈である。

それにも拘らず本件売買後直ちに東群馬に対する所有権移転登記がなされなかつたのは、本件売買の目的物が上告人布施愛夫所有にかかる前中の株式だつたからに外ならない。

4 以上のとおり、原判決が、本件売買を営業譲渡と認定した根拠として指摘する点は、いずれも理由がないものである。

5 原判決が前中の株式譲渡は形式的付随的になされたものであるとしている点も、仮に形式的付随的になされたならば甲第五、六号証のような文書が作成される筈はないし、営業主体の移転であれば、株式譲渡、営業譲渡、資産譲渡のいずれか一つで充分であり、重複してなされる必要はないのであるから、やはり誤つた認定というべきである。

また、問題が発生する可能性は、寧ろ、株主総会の特別決譲の関係で、営業譲渡、資産譲渡の方が大きいというべきであり、更に労働組合との紛争の点では、前述のとおり、資産譲渡が最も適した方法であり、労働組合との紛争回避のため株式を譲渡したということもありえない。

従つて、原判決が、本件株式譲渡が付随的形式的になされたと認定した根拠も理由がない。

五 本件売買契約が、被上告人の主張するように、前中の一部資産の譲渡であろうと原判決が認定するように、公認教習所の営業譲渡であろうといずれにしても本件売買契約の履行がなされた後は、東群馬が営業主体でなければならない筈である。

然しながら、上告人布施愛夫から東群馬に対して株券引渡がなされた後、東群馬により前中の株主総会が開催され、次いで同年三月二日付で、前中から群馬県公安委員会に対する設置者変更届がなされ、本件売買契約履行後も本件教習所の営業主体は前中であつたことが明らかである。

そして、前中は、前述のとおり、労働争議が激化して解散の巳むなきに至り、昭和四六年五月には、新たな教習生の受入れを停止し、翌六月には、前中の営業を中止し、従業員を解雇したうえ、同年七月三日の株主総会で解散決議をなし、同月五日付で前中から、群馬県公安委員会に対し、設置者(社名変更を含む)並びに名称変更の届出がなされ、その時点で本件教習所の営業主体が東群馬に変わつたことは明白な事実といわざるを得ない。

そして、昭和四六年一月二六日から右解散までの営業については、前中の新役員から、法人税の申告も提出されている(第一審証人佐々木義治の供述)。

甲第一乃至第四号証には不明確な点もあるが、上告人布施と東群馬の間で作成された契約書を全体として見れば、その目的物が株式であることは明確となつているし、契約履行後株主となつた東群馬によつて開催された株主総会による前中の役員選出から、前中の解散まで、全ての事項が本件売買契約の目的物が株式であるとの前提で推移している。

そして、本件教習所は、本件売買契約の履行により、上告人布施を代表者とする前中の経営から、株主を東群馬、代表者を佐々木志かとする前中の経営に変わり、更に前中の解散によつて、東群馬の経営へと移行したのである。

六 それにもかかわらず、原判決は、「取引後まもなく本件教習所の営業全般が東群馬の支配下におかれ、前中が無資産で解散した」等と認定しているが、これらの認定は、右の大きな推移を全く無視し、善解すれば矛盾とはいえない些細な点を理由に事実認定をしたものというべきであり、採証法則の適用を誤つた違法がある。

また、原判決は、認定した事実と完全に矛盾する右の推移についてどのように理解するのか全く触れていない。

このような点が解明されなければ、合理的な判決理由とは言えず、理由不備の違法があるというべきである。

七 よつて原判決は破棄されるべきである。

以上

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